── 揺れる米国カレッジテニス
アメリカのカレッジテニス2026年シーズンは、5月17日のNCAA Division I団体戦決勝(男子はバージニア大学、女子はテキサスA&M大学が優勝)をもって幕を閉じました。しかし、コートの熱戦が終わったあとも、この競技をめぐる不安はおさまっていません。5月21日付のワシントン・タイムズ紙は「NCAAテニスは、財政的な重圧とプログラム廃止のなかで、不確実性という代償を突きつけられた」と題する特集を掲載し、シーズン終了後もなお続く混乱を改めて浮き彫りにしました。今回は、この「廃部問題」がいま米国カレッジテニスにどんな影を落としているのか、背景からていねいに整理してみます。
そもそも「廃部」とは何を意味するのか
ここで言う「廃部(program elimination / discontinuation)」とは、大学がそのスポーツのチームそのものを大学運動部の一覧から外し、活動を終了させることを指します。日本の大学の「部活動の休部」とはニュアンスが異なり、米国の場合は大学のアスレチック・デパートメント(運動部局)が予算配分の判断として、競技単位でチームを消すという、はるかに重い決定です。コーチは職を失い、所属していた選手は他大学へ移るか、テニスを続けずにその大学に残るかの選択を迫られます。
米国の大学スポーツは、NCAA(全米大学体育協会)という組織のもとで運営され、競技レベルや学校規模に応じて Division I(D1)、Division II(D2)、Division III(D3)という階層に分かれています。D1は最も競技志向が強く、奨学金(スカラシップ)も手厚い一方、運営コストも莫大です。今回の廃部の波は、このD1を中心に広がっているのが特徴です。
「10週間で18校」
ワシントン・タイムズの報道でくり返し引用されている数字が、「過去およそ10週間で、NCAAの全ディビジョンを横断して18校がテニスプログラムを廃止した」というものです。
さらにITA(全米大学テニス協会/Intercollegiate Tennis Association)のデータによれば、2025〜26シーズン全体では合計22のプログラムが廃止され、そのうち9校がD1だとされています。つまり「10週間で18校」は、シーズン終盤に廃部の発表が一気に集中したことを示す数字であり、年間を通じて見ればさらに多くのプログラムが姿を消した計算になります。
なお、この18校・22プログラムの完全な校名リストは、現時点で一般に公開されているわけではありません。ITAが件数として集計・発表しているもので、以下の表には、報道で廃部(またはその後の動向)が明確に確認できている主要なD1校を中心にまとめています。
廃部・動向が確認されている主な大学
| 学校名(英語) | カタカナ | Div | カンファレンス | 男女 | 発表・動向 |
| University of Arkansas | アーカンソー大学 | D1 | SEC | 男女 | 4月下旬に廃止発表→支援者の短期資金で存続へ転換 |
| Saint Louis University | セントルイス大学 | D1 | Atlantic 10 | 男女 | 4月27日に廃止発表 |
| Illinois State University | イリノイ州立大学 | D1 | Missouri Valley | 男子のみ | 4月28日に男子廃止発表(女子は存続) |
| University of North Dakota | ノースダコタ大学 | D1 | Summit League | 男女 | 4月30日に廃止発表(決勝進出の翌週) |
| Gardner-Webb University | ガードナー・ウェッブ大学 | D1 | Big South | 男女 | 2月に廃止発表(女子フラッグFB等を新設) |
表のなかでも特に注目したいのが、アーカンソー大学の「揺り戻し」です。同大学は4月下旬にいったん男女両プログラムの廃止を発表したものの、その後、支援者(ブースターと呼ばれる後援者層)からの短期的な資金提供の約束を受けて、プログラムを存続させる方向に方針を転換しました。廃部の決定が、必ずしも一方通行ではなく、地域コミュニティや卒業生の支援によって覆りうることを示す、象徴的な事例だと言えます。
一方、イリノイ州立大学のように「男子のみ廃止し、女子は残す」というパターンも見られます。これは後述するTitle IX(タイトル・ナイン)という法律が深く関わっており、米国カレッジスポーツ特有の事情を反映しています。
なぜ、いま廃部が相次ぐのか ── お金の流れの大変化
廃部ラッシュの根っこにあるのは、2025年に米国カレッジスポーツを根底から変えた「ハウス和解(House Settlement)」と呼ばれる出来事です。これは、元大学アスリートらが「自分たちの肖像権などで大学が得た利益を分配すべきだ」と訴えた集団訴訟が和解に至ったもので、2025年6月に承認されました。
この和解によって、大学は学生アスリートに対して直接お金を分配できるようになりました。これを「レベニューシェア(収益分配)」と呼びます。分配額には上限があり、2025〜26年度は1校あたり年間およそ2,050万ドル(約30億円超)までとされています。問題は、この巨額の新しい支出が、多くの大学でフットボールやバスケットボールといった「稼げる花形競技」の選手に集中して回されることです。
その結果、しわ寄せが向かうのが、テニスやゴルフ、水泳といった、いわゆる「オリンピック・スポーツ(non-revenue sports=それ自体では収益を生みにくい競技群)」です。テニスはとりわけ狙われやすい立場にあります。チームの人数(ロスター)が男女それぞれ6〜10人程度と少なく、廃止しても影響を受ける選手の数が比較的少ないため、大学にとって「切りやすい」と見なされてしまうのです。
アーカンソー大学の具体的な数字が、この厳しさを物語っています。報道によれば、同大学は2025会計年度に男女2チームへ合計でおよそ235万ドルを支出しましたが、それに対する収入は男子チームでわずか3,202ドル、女子チームに至っては82ドルにすぎませんでした。選手1人あたりの運営費は男女ともに4万ドルを超え、アスレチック・デパートメント全体のなかでも最も高コストな部類だったとされています。会計上の「赤字幅」だけを見れば、廃止の標的にされやすい構図がはっきりと見て取れます。
「男子だけ廃止」の背景にあるTitle IX
イリノイ州立大学が男子テニスのみを廃止し、女子を残したことには、Title IX(タイトル・ナイン)という1972年制定の連邦法が関係しています。これは「教育プログラムにおいて性別を理由に参加機会を奪ってはならない」と定めた法律で、大学スポーツにおいては、運動部の男女比率を学生全体の男女比率に近づけることが事実上義務づけられています。
近年の米国の大学は学生の半数以上が女性であることが多く、さらにフットボール(男子のみ、85人規模の大所帯)の存在が男子側の人数を大きく押し上げます。このバランスを保つために、大学は「女子スポーツを増やす」か「男子スポーツを減らす」かの調整を迫られます。フットボールは収入の柱であり削減はほぼ不可能なため、結果として男子テニスのような小規模競技にしわ寄せが及ぶ、という構造的な事情があるのです。「男子だけ廃止」は、こうしたTitle IXのバランス調整の産物でもあります。
なぜ「シーズン後」も不安が続くのか
廃部の発表がシーズン終了後もおさまらないと見られているのには、いくつかの理由があります。第一に、多くの大学が翌年度の予算を6月から8月にかけて確定させるため、レベニューシェアの本格運用による予算圧迫を受けて、夏のあいだに新たな廃止が発表される可能性が残っています。第二に、トランプ政権が2026年4月に署名した大学スポーツに関する大統領令が、8月1日の施行を控えていることです。この大統領令は、選手の競技可能年数を5年に制限したり、移籍(トランスファー)の回数に制約を設けたりする内容を含んでおり、各大学はルール変更後のチーム運営を見直している最中です。テニスのような非収益競技への影響が見通せないことが、不安を長引かせています。
「希望」と大学選びの注目点
ここまで厳しい現実を並べてきましたが、悲観一色というわけではありません。ITAは5月7日に公式声明を発表し、業界全体としてこの問題に取り組む姿勢を明確にしました。声明では、各大学に対して廃止を決める前にITAと対話するよう呼びかけるとともに、カレッジテニスが依然として全ディビジョン合計で1,900以上のプログラムを擁する「強い競技」であることを強調しています。実際、ITAのソーシャルメディアでの反響は2024年の1,330万インプレッションから2025年には3,530万へと2.6倍に伸びており、ファンの関心はむしろ高まっています。アーカンソー大学が支援者の力で存続に転じた例も、地域や卒業生の声が大学の判断を動かしうることを示しています。
日本から米国に渡り、お子さんの競技テニスを支えるご家族にとって、この一連の動きから学べることは多いはずです。かつては「強豪リーグ(Power 4と呼ばれる4大カンファレンス)の名門校に入れば安泰」と考えられていましたが、ノースダコタ大学がカンファレンス決勝に進出した翌週に廃部を発表したように、競技成績と存続は必ずしも結びつきません。だからこそ、進学先を検討する段階で、その大学がテニスにどれだけ本気で予算を割いているのか、向こう数年の見通しはどうなのかを、コーチに率直に尋ねる姿勢がこれまで以上に大切になります。同時に、第一志望が万一廃止になった場合に備えて、トランスファーポータル(移籍制度)の仕組みを理解し、D2・D3・NAIA・短大(JC)といった選択肢も視野に入れておくことは今後のアメリカの大学選びには重要な要素となりそうです。
シーズンは終わりましたが、6月から8月にかけては、来年度予算の確定と大統領令の施行(8月1日)が重なる重要な時期です。今後学校選びを検討されている方は、大学コーチ、もしくは留学エージェントの方と進路の話をする場合は、大学テニスプログラムの財政面での健全性も確認することをお勧めします。
参考情報の出典元
・ワシントン・タイムズ「NCAA tennis served up a dose of uncertainty as colleges face growing financial strain, program cuts」(2026年5月21日)
・ワシントン・ポスト「Colleges continue cutting tennis programs to fund other sports and athlete payments」(2026年5月1日)
・Front Office Sports「’In Shock’: Why College Tennis Programs Are Disappearing」
・Whole Hog Sports「Incredibly concerning: College tennis searching for stability」(2026年5月2日)
・ITA(全米大学テニス協会)公式声明(2026年5月7日)
・Tennis Recruiting Network「University of Arkansas Cuts Men’s and Women’s Tennis」
・各大学公式リリース(Arkansas、Saint Louis、Illinois State、North Dakota、Gardner-Webb)



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